「マリアンヌ」から考える吊り橋効果と夫婦円満の秘訣



「マリアンヌ」では、ドイツ大使の暗殺というミッションをマックスとマリアンヌが協力してやり遂げたことにより、2人は恋に落ちて結婚することになります。
これは名作アクション映画の「スピード」でも主演のキアヌ・リーブス扮するSWAT隊員のジャックと、サンドラ・ブロック扮するバスの乗客アニーとが劇的な展開で恋に落ちるラストでも語られています。
(「スピード2」ではこの展開がけちょんけちょんに言われてるんですけどね・・・(;・∀・))

このような危機的状況や困難な課題を克服した男女がなぜ恋に落ちるのか、ということを示した実験としては、Dutton & Aron(1974)の俗に言う吊り橋効果の実験が有名です。

彼らは、男性の被験者を対象に、グラグラ揺れる吊り橋を渡ってもらうように指示しました。その途中で女性にアンケートの協力を依頼されます。実際には、TAT図版と呼ばれる図を用いてそこから物語を作ってもらうという投影法を用いた心理状態の調査でしたが、その結果を知りたかったらあとで電話をください、と伝えます。
その後に電話をかけてきたかどうかを調べたところ、同様の実験を吊り橋以外の場所で行ったときよりも明らかに多くの人が電話をかけてきたというものでした。

これはどういうことかと言うと、吊り橋という不安定な場所だと恐怖感や不安感が高まるため生理的な反応として心拍数が高まります。
この生理的反応は気になる女性に対してドキドキしているものと同様なので、ドキドキの原因が吊り橋が怖いのか、女性が魅力的なのかが区別できず、結果として女性を魅力的ととらえる傾向が高くなるそうです。

「マリアンヌ」では2人が協力して困難なミッションを成し遂げたこと、「スピード」でも2人が協力して事件を解決し命の危機から脱したことで情動の高まりが恋愛感情と推移していったのでしょう。
なんて説明しちゃうとロマンチックじゃないかもしれませんけどね・・・(;・∀・)

「マリアンヌ」では、やがて妻のマリアンヌが二重スパイの嫌疑をかけられてしまいます。もし本当に二重スパイならば、マックスは任務として妻を殺すことを余儀なくされてしまいます。
マリアンヌの潔白を証明するために、偽の情報を流して、それが敵国に漏洩するかというテストをすることになってしまいますが、この状況下では、マックスもマリアンヌも、相手にすべての秘密を話すことができなくなってしまいます。

伊藤・相良・池田(2007)では、夫婦間の自己開示の量と夫婦間の満足度を測定しています。
自己開示とは、自分の情報を相手にオープンにすることを言いますが、特に妻側において、夫が自己開示をする量と夫婦間の満足度に強い関係性が見られ、なんでも包み隠さず言ってもらいたいという気持ちが強いようですね。

まして本作では、状況が状況だけに言いたくても言えない、という関係になっているので、その思いは一層強かったのかもしれません。

妻がスパイと疑わていない平和なご家庭の皆さまはぜひ自己開示を積極的にしていきましょう。
その平和も実は見せかけかもしれませんからね・・・( ̄ー ̄)ニヤリ

[引用]
Dutton, D. G. & Aron, A. P.(1974). Some evidence for heightened sexual attraction under conditions of high anxiety. Journal of personality and Social Psychology, 30, 510-517.

伊藤裕子・相良順子・池田政子(2007). 夫婦のコミュニケーションが関係満足度に及ぼす影響 ―自己開示を中心に―. 文京学院大学人間学部研究紀要, 9, 1-15.
スポンサーサイト

「マリアンヌ」感想。


(公式HPより引用)

[story]
1942年、イギリスの特殊作戦執行部に所属するマックス(ブラッド・ピット)は、モロッコのカサブランカでの特殊任務を与えられる。彼はそこでフランス人のレジスタンス・マリアンヌ(マリオン・コティヤール)と偽装の夫婦を演じながら、ドイツ大使を暗殺するというミッションに挑む。この作戦がきっかけで恋に落ちた2人はロンドンで幸せな結婚生活を送るのだが・・・。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズ、「フォレスト・ガンプ」のロバート・ゼメキス監督による歴史サスペンス。

自分は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズはオールタイム・ベストと言っても言い過ぎではないぐらいに大好きな映画で、続く「フォレスト・ガンプ」も素晴らしく、ロバート・ゼメキスは偉大なる巨匠の一人とも思っています。
ただ、そもそも作品数がそれほど多くないのに加えて、最近のものは「フライト」「ザ・ウォーク」と人物像にスポットを当てたドラマ作品になっていて、ちょっとさみしい感じもしていたところでの本作です。

冒頭、ブラッド・ピット扮するイギリス特殊作戦執行部のマックスは、パラシュートで任地へと降り立ちます。
そこでフランス人レジスタンスのマリアンヌとおちあい、偽装の夫婦としてドイツ大使を暗殺するというミッションに挑むのですが、1940年ごろのレトロな雰囲気を醸し出しながらも派手なアクションを披露してくれます。

このミッションによって急接近した2人はイギリスで結婚することに。子宝にも恵まれるのですが、ときは第二次大戦。
病院もドイツ軍の空襲を受けており、まさに命がけの出産となります。このシーンもなかなかインパクトのある映像となっています。

無事に子どもも生まれ、家族で幸せに暮らしていた矢先、マックスは上司から、マリアンヌが二重スパイで、ナチスドイツに情報を漏らしているという疑いがあることを告げられます。
そこでマックスは架空の伝令を受けそのメモを部屋に残しておき、それがドイツに伝えられるかどうかでマリアンヌが二重スパイなのかどうかを突き止めるように言われます。

果たしてマリアンヌは潔白なのか?

この後のマックスの行動が目を見張るものがあります。
マリアンヌの潔白を証明するために、彼女のことを知っている人物を尋ね回り、最終的にはドイツに占領されているフランス領に危険を省みず潜入したりもします。
その一途さには女性じゃなくとも惚れてしまいますね。

ブラッド・ピットも魅力全開ですが、マリオン・コティヤールも素晴らしいです。
序盤はレジスタンスとして凛とした強さを、中盤以降は一人の男性を愛する女性、そして母親としての優しさをたたえた姿を見せてくれます。

ストーリー自体はシンプルで奇をてらったような展開はありませんが、上記のシーンに加え、ドイツの戦闘機が墜落した手前の原っぱでピクニックするシーンなど、絵的に映えるところも多いので、非常に満足度の高い1本だと思います。

「虐殺器官」から考える言語獲得装置




注:本文に「虐殺器官」のネタバレが含まれています!



「虐殺器官」では、世界中の紛争の火種となっている人物がジョン・ポールという男で、元MITの言語学者という立場で、人が本能的に虐殺にいたる文法の存在に気がついてしまいます。

ジョン・ポールは、世界中でこの虐殺をもたらす言語プログラムをその土地の言語に翻訳し、それを流布することによって紛争を引き起こしていたのです。

そもそも人間の言語の理解はどのようになっているのかということですが、Chomsky(1957)は、人間が生まれながらにして言語の、特に母語の理解をするための機能を持っているということを主張しています。この機能は、言語獲得装置と呼ばれ、それが機能することで言語を理解することができると言われています。
言語理解には、文字を認識したり、誰かが話すのを聞いたり、文章を読んだりするという言語刺激が必要ですが、幼少期にあらゆる言語に触れることは現実的には不可能であるにも関わらず、比較的早い段階で基本的な文法や多くの表現、語彙を覚えるのは、やはり生得的な機能が占める部分も大きいとされています。

さらに、世界中のあらゆる言語で共通する基本ルールが存在することを提唱し、これは普遍文法と呼ばれています。
つまり言語は違えど、その文法レベルにおける法則性においてはある種の共通項があるということで、もしそこに人の行動や潜在意識をコントロールできるようなプログラムが存在すれば・・・となると本作のような「虐殺器官」につながる何かがあるかもしれませんね。

酒井(2002)は、Chomsky(1957)の考えを脳科学的に解明しています。fMRIによって言語的な処理をしているときの脳の活性部位を解析した結果、ブローカ野と呼ばれる部位の活性化が見られ、言語の、特に文法に関連した処理をする際の中枢となっていることが明らかになっています。

Sakai, Noguchi, Takeuchi & Watanabe(2002)では、文法の処理や理解に関わるブローカ野を外部から磁気的な刺激を与えて活性化することで、文法についての処理や判断が促進されることを示しています。
単純に言葉を聞いただけで行動を操作するのは難しいでしょうが、将来的には脳に外的な刺激を与えることで、何らかのコントロールが可能となるのかもしれません。

伊藤計劃がこういった言語研究についてどれぐらい把握していたのかはわかりませんが、Chomskyも酒井もMITに在籍していたことがあるというのも単なる偶然ではないのかもしれませんね。


[引用]
Chomsky, M.(1957). Syntactic Structures. Mouton & Co.

酒井邦嘉(2002). 言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか. 中公新書.

Sakai, K. L., Noguchi, Y., Takeuchi, T. & Watanabe, E.(2002) Selective priming of syntactic processing by event-related transcranial magnetic stimulation of Broca's area. Neuron, 35, 1177-1182.

「虐殺器官」感想。


(公式HPより引用)

[story]
9.11以降、アメリカを始めとする先進諸国は自由と引き換えに徹底した管理システムを導入した一方で、発展途上国では日々紛争が繰り返されていた。クラヴィス・シェパード大尉(中村悠一)は、感情調整や痛覚マスキングといった医療措置を施し紛争の首謀者暗殺をミッションとするチームに属していた。そんな中、アメリカの言語学者ジョン・ポール(櫻井孝宏)という男が紛争の火種をバラ撒いているとの情報があり、クラヴィスは、ジョンが接触したとされる女性ルツィア(小林沙苗)からジョンの行方を探ろうとするが・・・。

34歳の若さで夭逝したSF作家・伊藤計劃の同名小説のアニメ映画化。
Project Itohの完結編は満を持して彼のデビュー作にして最高傑作とも言われる本作になりました。

この原作はすでに読んでいたのですが、当時の衝撃はいまだに覚えています。日本でここまで本格的なSF小説を目の当たりにしたというのもそうなんですが、物語の端々に出てくる会話のやり取りから、伊藤計劃の知識や博覧強記ぶりがうかがい知れます。
さて、その映画版ははたして!

映画版ではその膨大な情報量を処理しつつ当然のことながらストーリーを展開していく必要があるわけで、自分が原作を読んだときに会話のやり取りにでてきた多岐にわたる分野のエピソードはだいぶスリムアップされている印象でした。
まあ2時間程度にまとめるということを考えるとストーリーの本筋に直接的に関係しないエピソードが省略されてしまうのは仕方ないですね。ケヴィン・ベーコン・ゲームの話とか面白いんだけどね・・・。

ストーリーは特殊部隊のクラヴィス・シェパード大尉が、世界各地の紛争の引き金となっている人物ジョン・ポールを追う、というのが基本展開となっていますが、その背景として先進国と発展途上国の違いが対照的に描かれています。

アメリカを始めとする先進諸国は、911のテロ以降、人々のあらゆる行動を政府の監視下に置くという徹底した管理システムを構築し、出入国どころか日用品の購入でさえも本人認証をするという徹底ぶりです。いわば自由を捨てて安全を取るという政策ですね。
これにより確かにテロによる脅威は減ったのかもしれませんが、息の詰まるような感じがしないでもありませんね。

クラヴィスがジョン・ポールと接点のある女性ルティアに接近するべくプラハに行ったとき、彼女の誘いで行くバーでは現金でお酒を購入できるということにすら驚いていることからもうかがえます。

自由と引き換えに安全を手に入れたはずのアメリカがなぜ世界の紛争に対して軍を派兵しているのか、なぜ執拗にジョン・ポールを追うのか。
その1つの答えがタイトルにもなっている虐殺器官です。
言語学者であるジョン・ポールがその研究の過程で虐殺器官の正体に気がついてしまったのです。そしてそれを利用することで紛争や虐殺を引き起こすことが容易であると。

虐殺器官の正体はぜひ映画もしくは原作を見て知ってほしいところですが、人間の本能的な部分に関わるものであるという点では、感情統制や痛覚マスキングというテクノロジーによって極めて合理的にあるいは無感情的に行動できるようになったクラヴィスたちとは実に対照的であるとも言えます。

原作が2007年の発表で、Project Itohとして映画化が決定されるも制作会社の倒産もあり、結果として10年ごとなる2017年の公開となりましたが、この間にアメリカではトランプ政権が誕生し、テロを始めとする国際的な脅威への徹底抗戦の姿勢が打ち出され、さらにはオバマ政権下でも明らかになった国民の監視システムの存在など、まるでこういう状況を予見していたかのような設定にはただただ驚かされます。

本作を見て改めて思い起こされたのが、かつてドキュメンタリー「シチズンフォー スノーデンの暴露 」で取り上げられ、日本で今年公開となった「スノーデン」でも描かれていたエドワード・スノーデンです。
彼は過度の管理システムに疑問を抱き、亡命して告発者となる道を選びましたが、システムを悪用すればジョン・ポールのような存在になりえたのかもしれません。

原作と比べるとラストの展開が異なっており、また省かれたエピソードも多いため、映画の方が解釈の可能性がやや大きくなっているのですが、映画を見た上でいろいろと思案したり議論したりした上で、原作の方を読んでみることをぜひオススメします。

「一週間フレンズ。」から考える記憶障害



「一週間フレンズ。」ではヒロインが、友だちとの記憶が1週間でリセットされてしまい、次の週にはすっかり忘れているという、かなり特殊な記憶障害という設定になっています。

記憶障害は、その原因となった事象が発生した以前の記憶が失われている場合を逆向健忘、その事象以降の記憶が失われている場合は前向健忘と言われています。
また発症の原因によってその症状が一過性のものである場合や慢性的なものである場合に分かれます。

それでは部分的な記憶障害があるのかという話になるんですが、記憶の分類は、保持される期間で短期記憶長期記憶に分かれており、長期記憶はその内容によって宣言的記憶手続き的記憶に分類されています。
このあたりの詳細は以前の記事で書きましたので、詳しくはこちらをご参照ください。

健忘だけではなく認知症などによる記憶障害でも、宣言的記憶、特にその中の様々な出来事についての記憶であるエピソード記憶は失われやすい一方で、作業や操作方法などといった手続き的記憶は保持されやすいと言われてます。
本作の香織が、学校に通ったり、数学が得意だったりというところはありえる現象なんですね。

それでは、本作もそうですが、映画やドラマ、小説などに登場してくる特定の人物や対象だけ思い出せない記憶障害なんてあるの?と思いますよね?

特定の人物や物事などに関する情報のみが忘れられる健忘を、系統的健忘と言います。
実際の症例としても見られるもののその報告例は少なく、渡辺・秋元(1991)の結婚生活に満足できなかった女性が自分が17歳であると思い込み夫との生活や夫そのものの記憶が失われてしまった事例、坂西ら(1997)の姑との確執から家に放火し、その後、放火の事実や姑に対する記憶が失われてしまった症例などがあります。

症例自体は少ないですが、共通して言えるのは何らかの原因によって強度のストレスがかかっている状況下において起こっているということで、本作でも主人公が友人との関係のもつれからそうなってしまった、と強引に解釈できないでもないですね。

ただ、原因となった相手のみならともかくあらゆる友だちの記憶を保持できないだとか、なぜか1週間できっちりリセットされるというのは説明がつきませんので、やはりファンタジーのものと思っておきましょう。
そう、川口春奈みたいな子はそのへんにはそうそういませんしね・・・(;・∀・)

[引用文献]

坂西信彦・下地明友・宮川太平・平田耕一・藤田英介・三村孝一(1997). 放火を繰り返し系統的健忘を呈した1例. 精神医学, 39, 381-387.

渡辺登・秋元豊(1991). 系統的健忘を呈した1症例. 精神医学, 33, 833-839.
プロフィール

すぷーとにく0107

Author:すぷーとにく0107
FC2ブログへようこそ!
中の人は、北海道は札幌市在住です。
映画館で年間200本は映画を観ます。
当ブログでは、映画のレビューをしつつ、勉強している心理学ネタでも書いていけたらいいなと思っています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスカウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる