「ムーンライト」感想。


(公式HPより引用)

[story]
シャロン(アレックス・ヒバート)は、リトルと呼ばれ、内気な性格もありいじめられっ子だった。ある日、いじめられっ子に追いかけられていたところをフアン(マハーシャラ・アリ)という男に助けられる。シャロンは徐々にフアンに心を開いていき、フアンもシャロンに生きる上で大切なことを教えてくれるようになる。一方、彼が唯一心を許している友だち、ケヴィン(ジャハール・ジェローム)に対して、単なる友情を超えた何かが湧き上がるようになり・・・。

貧困地域に産まれた黒人少年が、いじめや自分のセクシャリティーに悩みつつも成長していく姿を、少年期、青年期、成人期の3つのパートに分けて描いた作品です。
本作は、2016年度米アカデミー賞作品賞、助演男優賞、脚色賞を受賞しています。

主人公のシャロンを3つのパートそれぞれで異なる俳優さんが演じているというのも特徴です。
内気で体も小さいいじめられっ子だった頃のリトルの時代、青年になりフアンがいなくなり、母親の麻薬中毒もひどくなる一方で、心のよりどころを失っていく一方で、自分のセクシャリティーについて目覚めていったシャロンの時代、そして、暴行事件がきっかけで逮捕され、刑務所で体を鍛えて誰の力にも屈しないようにするととともに、刑務所内でできたツテでフアンと同じように麻薬の売人として生きていくことになるブラックの時代と、描き分けられています。

本作は一貫して、矛盾と皮肉に包まれています。

リトルは小さい頃からいじめられていますが、その原因の1つがセクシャリティーにあることはまだ本人ですら自覚していないのに、周りのいじめっ子の方がそれを敏感に感じ取っていじめのネタとしてくる皮肉。

リトルに手を差し伸べ、いわば父親代わりかのように親身に接してくれるフアンは、リトルの母親が麻薬中毒でリトルに対してネグレクト状態であることを知り、リトルのためにもなんとかしたいと思いますが、母親に麻薬を売っていたのは他ならぬフアンだったという皮肉。

刑務所から出所したリトルが生業としたのが、自分と母親との関係をズタズタにしてしまった麻薬の売人であるという皮肉。
しかもそれがかつてフアンに言われた「自分の道は自分で決めろ」という言葉の対極にもなっているという皮肉。

そんな矛盾や皮肉をはらんだ登場人物たちの思惑をよそに、全編がブルーで統一されたかのようなビジュアルは一切変化がありません。
フアンの車、シャロンたちの通う学校の教室、そして月明かりに照らされた海。かくも複雑な人間たちを前にただそこに存在するかのような風景という描き方が印象的でした。

ただ、ストーリー云々のことで言うと、そこまでインパクトのある作品だとは思えませんでした。
物語の重要なキーを握っているフアンは、第1部のリトル時代しか登場せず、第2部のシャロン時代ではすでに死んだことになっています。しかもその詳細は特に触れられていません。第2部でシャロンを気にかけるフアンの恋人テレサも、第3部には登場しません。

小さい頃からいじめられっ子だったり、セクシャリティーで悩んでいたりと様々な問題が描写されているものの、決してドラマ性が高かったり観ているものを唸らせるような展開があったりするわけではなく、淡々と描写されている印象です。

アカデミー賞でこそ脚色賞を受賞していますが、脚本賞(それ自体が映画のオリジナルのもの)と脚色賞(既存の原作を映画用にリライトしたもの)の区別がない賞では、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」や「ラ・ラ・ランド」の方が受賞しているあたりでも、ストーリーそのもののインパクトではないのかもと思っています。

ここ数年、アメリカの人種問題はシビアというかナイーブになってきていて、白人、黒人の差別だけでなく、ヒスパニック系やその他の移民の人々をも含めた有色人種全般を対象に差別の撤廃が叫ばれていて、映画やドラマでもやたらと人種のオールスターかのようになっています。

その一方でアカデミー賞を始めとするアメリカの映画界ではまだまだ潜在的な差別の意識が強く、2015年のアカデミー賞では主演・助演男優女優賞の全てのノミネートが白人だったことも問題視されていました。
この流れを経ての2016年度だったわけですが、本作で助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリをはじめ、各賞に最低1人、助演女優賞に至っては5人中3人が非白人俳優のノミネートとなりました。
この多様性の評価の流れを受けて、本作がアカデミー賞作品賞に輝いたというある種のトレンドの影響はゼロとは言えないでしょうが、今回の受賞の本質は別のところにあると思っています。

本作の描かれていない特徴の一つとして、人種差別的な要素がほとんどなかったということが挙げられます。
これまで有色人種、とりわけ黒人を主人公としたアメリカ映画ではその多くが人種差別を描いているものでした。
2016年度アカデミー賞の作品賞にもノミネートされた「ドリーム」や2013年度のアカデミー賞で作品賞を受賞している「それでも夜は明ける」はまさに人種問題をダイレクトに描いた作品です。

本作は描いている対象がたまたま黒人のコミュニティーだったというだけで、貧困問題やセクシャリティーの問題にスポットを当てているというのがまさにエポックメイキングな作品であると言えるのではないでしょうか。

2005年度のアカデミー賞では、大本命と言われていた「ブロークバック・マウンテン」が作品賞の受賞を逃し、「クラッシュ」が受賞したということで、当時のアカデミー会員がLGBTに対する理解不足もあり、やはり保守的な態度なのではないかと問題視されたこともありました(個人的には「クラッシュ」も素晴らしい作品だったので結果自体は納得していたのです)が、こういう作品が受賞できたということ自体も、多様性理解の第一歩なのかもしれませんね。
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「帝一の國」感想。


(公式HPより引用)

[story]
エリート学生たちが通う海帝高校。政財界と強力なコネがあり、生徒会長を務めたものは、将来の官僚が約束されているという。首席入学した赤場帝一(菅田将暉)は、「将来、総理大臣になって自分の思い通りの国を作る」ことを夢見ており、2年後の生徒会長の座を目指してライバルたちとの学園内闘争へと身を投じていくのだが・・・。

古屋兎丸の同名コミックを原作に、菅田将暉、野村周平、竹内涼真、間宮祥太朗、志尊淳、千葉雄大らイケメン俳優をずらりと揃えて実写映画化したのが本作です。

自分はこの原作を知らなかったのですが、「ライチ☆光クラブ」の原作者でもあるんですね。こちらも映画化されていて野村周平、間宮祥太朗は、連続で古屋兎丸原作の映画に出演ということになっていたんですね。

時代設定は明確ではないものの全体的には昭和を感じさせる雰囲気の中、学歴社会の権化のような高校が舞台となっています。

主人公の赤場帝一は、まさにエリート街道をひたすらに走り続けてきた典型タイプで、総理大臣になれなかった父のために自分が悲願を果たすべく切磋琢磨しています。
主演の菅田将暉は、今年何本映画出てるんだってぐらいに出まくっていますが、本作でもアクの強いキャラを熱演しております。劇場にあったスタンディーでは将来の生徒会長の座のために、先輩に従いへつらう姿を存分にさらしていましたしね。

帝一の生涯のライバル、東郷菊馬は、父親の代からの因縁もあり、ことあるごとにぶつかってきます。演じる野村周平はこれまでは正統派イケメンなキャラが多かった印象ですが、今回は憎たらしいキャラをこれでもかと演じきっています。フィルモグラフィーを見ると「ちはやふる」の直後で「サクラダリセット」の合間に撮影したようで、振れ幅がスゴイ!

帝一や菊馬よりも生徒会長にふさわしいのではと言われるのが、大鷹弾。家は貧乏だけど頭脳明晰、運動神経抜群、人望にも熱い爽やかなイケメンという非の打ち所がないキャラクターです。演じる竹内涼真はその後のテレビドラマ「ひよっこ」や「過保護のカホコ」で一気に人気者になった気がしますが、本作でもその片鱗がうかがえます。

他にも、帝一たちの1学年先輩で、元不良ながらてっぺんを目指して海帝高校にやってきた氷室ローランドに扮する間宮祥太朗は、怪しい魅力たっぷりのキャラクターで、「ライチ☆光クラブ」のキャラを継承しているかのよう。

この氷室の対抗馬である森園億人は沈着冷静なキャラクターで、王子様系のキャラが続いている千葉雄大が演じています。

そして!
腐女子の皆さま、大変お待たせしました。

帝一の良きパートナー、榊原光明に扮するは志尊淳!
志尊きゅん!
帝一に負けず劣らず優秀な頭脳で、帝一をしっかりサポートし、様々な発明品を駆使したり、機転を利かせたりで大活躍を見せてくれます。
それでいて可愛いもの好き(特にネコ)でニャンニャンしてる姿に持っていかれる人多数!!!
思わずアブナイ橋を越えてしまいそうになりますね。

・・・

は!(゚д゚)!

あぶないあぶない、あやうく自分を見失うところでした。

ここまで読んでいるといろいろきわどい色モノ系に感じられるかもしれませんが、まあ確かに色モノ系ではあるんですが、その部分を差し引いても普通に楽しめる作品だと思います。
ちなみに今原作を追いかけて読み出しているところなんですが、原作のほうがより露骨な気がしないでもないです。

エピソードは必ずしも原作通りではないのですが、うまく原作のテイストを残しながらストーリーを構築していて好印象です。
例えば、帝一が外部生として入学してきた弾が編入のためのテストで優秀な成績だったと聞いて、自分も解いて点数勝負をするシーンがあるんですが、映画ではまさに対決!といった感じで描いていました(父親役の吉田鋼太郎が弾の点数を読み上げている予告でも流れたシーンです)が、これは映画オリジナルです。

原作では夏休みの合宿でバトルロワイヤル的なことをするのがあるんですが、これが全カットになってしまっているのは個人的には残念でしたが映画の尺を考えても仕方ないことなのでしょう。

なお本作のスピンオフ的なドラマとして、「帝一の國~学生街の喫茶店~」というものがあって、こちらは原作のエピソードを拾いつつ、主要キャラの紹介をしているということで非常に優れた作品となっていますので、本編と合わせて2度美味しいです。

記事を書くのがだいぶ遅くなってしまいましたが、ちょうど来月ぐらいにはDVDがリリースですので、ぜひそちらでお楽しみ下さい。

「夜は短し歩けよ乙女」感想。


(公式HPより引用)

[story]
京都の大学で冴えない青春を送る先輩(星野源)は、サークルの後輩である黒髪の乙女(花澤香菜)に恋をし、「なるべく、かのじょの、めにとまる」ナカメ作戦を実行していた。しかし、天真爛漫で好奇心旺盛な乙女が、京都の街で出会う奇妙な人たちと摩訶不思議な出来事に、先輩も巻き込まれて行くのだが・・・。

森見登美彦の同名小説のアニメ映画。
監督は、「MIND GAME マインド・ゲーム」「ピンポン THE ANIMATION」の鬼才・湯浅政明。

森見登美彦の同名小説は、個人的には五本の指に入るぐらいの傑作小説だと思っていて、それだけ思い入れのある原作小説だから映画化となると、見たいような見たくないような複雑な気持ちになるのですが、そこは、同じく森見登美彦原作でアニメ化されていた「四畳半神話体系」の制作陣が本作も担当ということで、これは一安心ということで見に行きました。

キャラクター原案は森見登美彦の本のデザインもしている中村佑介だし、主題歌もASIAN KUNG-FU GENERATIONだし、おまけにアジカンのジャケットデザインのキャラクターも中村佑介なので、いかに親和性が高いかは分かってもらえるかと思います。

とはいえ、原作はとにかくぶっとんだキャラのオンパレードなので、そのまま映画化するだけでもお腹いっぱいになりそうなのに、その雰囲気や世界観を映像で表現することが可能なのかに注目していました。

基本的な構成は、黒髪の乙女が遭遇する人たちや不思議な出来事と、その彼女に横恋慕している先輩が巻き込まれる騒動を描くというもので、その一つ一つのエピソードが実に個性的なのが魅力だと思っています。

例えば、乙女が途中で遭遇する詭弁をぶつけ合う詭弁論部という団体がいるのですが、そこで部員たちの名物となっているのが詭弁踊り。これどうやって映像化するんだろう?って思ってたら、まさにコレ!という形で再現してくれました(原作者の思惑はわかりませんけど)。

湯浅監督の造形を留めない変幻自在なキャラクターの動きがまさに活かされていると言えるでしょう。そしてこれが現実にいながらも異世界感を演出することにも一役買っています。

原作と映画の違いというところで言うと、まず1点目は、黒髪の乙女が探している「ラ・タ・タ・タム」という絵本があります。
これはかつて黒髪の乙女が持っていたのにいつしかなくしてしまっていたもので、原作ではナカメ作戦の1エピソードにすぎない印象だったのですが、映画では先輩と乙女の関係を示すキーアイテムとなっています。

2点目としては、原作でもわりと中心に描かれている学校祭が、映画版では、その一催しであるゲリラ演劇「偏屈王」に絞られています。これはパンツ番長の恋の物語を描いているのですが、原作よりもミュージカル調にしていて映画映えするということもあるでしょうし、尺的な問題もあってこのエピソードに絞ったのかもしれませんね。

そして、3点目は、原作では春夏秋冬の4つの季節をそれぞれ章にして描いていたのですが、本作はなんと、それを一夜の物語にまとめ上げているのです。
一晩にしてはいろんなことが起こり過ぎな印象もありますが、その分全体の疾走感につながっていますし、やはりこれがある種のファンタジーであるととらえることも容易になります。
そして何より、このタイトルなのだから、夢のような一夜であるというのもうなずける話ではないですか。

原作の世界観を残しながらも、単に原作をトレースするだけではなく、むしろ原作以上にストーリーや展開、設定に深みをもたらしたのはやはり湯浅監督はじめ、制作陣の原作への愛と映画化への切なる思いの結晶なのではないでしょうか。

2016年の豊作すぎるアニメ映画界に続けとばかりに、今年も期待作が目白押しですね。

「SING / シング」感想。


(公式HPより引用)

[story]
コアラのバスタームーン(マシュー・マコノヒー/内村光良)は、潰れかけの劇場の支配人をしていた。彼はかつての賑わいを取り戻そうと歌のオーディションを企画する。しかし、秘書のミスで賞金額が2ケタ多くなってしまったせいで、応募者が殺到するハメに。内気なゾウのミーナ(トリー・ケリー/MISIA)、ヤマアラシの少女、アッシュ(スカーレット・ヨハンソン/長澤まさみ)、ギャングの息子でゴリラのジョニー(タロン・エジャトン/大橋卓弥)など、様々な事情を抱えた参加者たちがオーディションに挑むのだが・・・。

「怪盗グルー」シリーズや「ミニオンズ」のイルミネーション・エンターテインメントによるアニメ映画。
監督は本作が自身初のアニメ作品となる「銀河ヒッチハイク・ガイド」「リトル・ランボーズ」のガース・ジェニングス。

イルミネーション・エンターテインメントは、実は「怪盗グルー」シリーズ本編を見たことがないので、上記の「ミニオンズ」と「ペット」を見たぐらいですね。
監督の作品、特に前作の「リトル・ランボーズ」は映画少年の夢がいっぱい詰まっている作品で今も印象に残っています。
それから9年たっての本作、それもアニメということではたしてどうなのでしょう?

基本的には、潰れかけの劇場の立て直しということで、ありきたりのサクセス・ストーリーというのが骨子になっています。

ただ、そのためのバスターのアイデアが歌のオーディションを開催するというもので、劇場ならばそれぐらいの企画は珍しくもなんともないと思うので、これが起死回生のアイデアとは呼び難いという印象を最初に持ってしまいました。

その後も、賞金の記載ミスはマンガ的な要素としてあっても構いませんが、正直そこまで引っ張るネタではないと思うし、金策の手段も友だちのエディーの祖母ナナの財産を当てにするだけなので、非常に短絡的です。
そもそも主要なオーディションメンバーはお金よりも歌いたいという気持ちがあるから参加しているのだから、賞金そのものの引っ張りが不要な気がしたんですよね。

賞金1000ドルのはずが10万ドルに!→応募者殺到→賞金が1000ドルとバレる→応募者去っていく→残ったものたちで!

こんな展開にしておけばよかっただけなのになんだかテーマをぼかす役目にしかなっていませんでした。

他にも料金未払いで電気が止められたらとなりのビルから引っ張ってきたり、差し押さえで出入り禁止となって劇場にしれっと入り込んでオーディションを強行しようとしたりと、もはや法の壁を超えちゃっております。
もちろんこれもベンチャー魂みたいな感じでとらえることもできなくはないのですが、劇場の経営不振は起こるべくして起こったという印象しかありませんでした。

それでも肝心の音楽や芸術に対する耳目は肥えているのじゃないか?
そんな期待も最初のオーディションであっさりと潰えます。
キリンが背が高すぎてこちらの声が届かなかったので合格のはずが取り消しになり、なんとなく目についたジョニーの方が合格になるのです。
ビジネスセンスはおろか芸術に対する嗜好性もあまり高くないのではと思ってしまいました。

その後に、まさに文字通り、劇場は崩壊を迎えるのですが、この流れに乗れなかった自分としては、まあラストも読めるし残念ながらストーリー的に惹きつけるものはなかったということになります。

逆に、それぞれのキャラクターは非常にしっかりしていて、このオーディションに賭けるそれぞれの思いもしっかりと伝わってきます。
そして本作を彩る音楽もまた素晴らしいです。
歴代のポップシーンを湧かせた音楽が多いのですが、自分が見た日本語版でもMISIAや大橋卓弥など本業歌手の人の歌はもちろん、長澤まさみやトレンディエンジェルの斉藤さんもうまくて、そのシーンだけでも一見の価値ありです。

それだけに、ストーリーさえもっとしっかりしていれば傑作になったかもしれないと思うと残念ですね。
ディズニーが傑作を連発し続けているだけにまだまだ及ばずといったところでしょうか。

「暗黒女子」感想。


(公式HPより引用)

[story]
ミッション系の女子校・聖母マリア女子高等学院。学院経営者の娘で学業優秀、容姿端麗で全校生徒の憧れだった白石いつみ(飯豊まりえ)が謎の死を遂げる。彼女が会長を務めていた文学サークルでは、副会長の澄川小百合(清水富美加)が、メンバーがそれぞれ自作した小説を朗読する定例会のテーマを、「いつみの死」に決定する。それぞれのメンバーが書いた小説には、いつみの死がメンバーの誰かによるものだと示唆する内容が含まれていて・・・。

秋吉理香子の同名小説の映画化です。
監督は、「MARS~ただ、君を愛してる~ 」の耶雲哉治。

読んでイヤな気持ちになる最悪の結末だが、後味が悪ければ悪いほど"クセ"になってしまう魅惑のミステリー=イヤミスとして話題になっていたそうですが、自分は映画化されるまで知りませんでした。そんなわけで原作は未読です。

映画の予告では、衝撃のラスト24分!と大々的に謳っていたので、印象に残っている人も多いのではないでしょうか?
自分は個人的にはこういう謳い文句には散々裏切られ続けてきている印象があるので好きじゃないんですけどね。
もし仮に衝撃のラストだったとしても、その事実を知らないほうが楽しめるじゃないですか。
何かどんでん返し的な展開があるんだろうなあ、ってなっちゃいますからね。

ただ、こんな予告の云々を吹き飛ばすぐらいの衝撃のニュースが出てしまったので、だいぶこの印象は薄れたかもしれませんね。
まさかの出家騒動でしたからね・・・。

映画は、文学サークルの定例会で、メンバーの一人一人が朗読をするという形式で、この一話一話がオムニバスのような形で映し出されていくので、テンポよく進んでいる印象です。ですので当ブログでも同様の構成で記載していきたいと思います。

1年A組 二谷美礼「太陽のような人」

文学サークル唯一の1年生メンバーである二谷美礼(平祐奈)は、家は貧乏だったが成績優秀だったので、この学校に入学することはできたものの、周りの雰囲気に馴染めず孤立していました。
そんな彼女に声をかけたのがいつみで、以降、家庭教師の仕事を紹介してくれたり、文学サークルにも招待してくれたりと、特別な存在として慕っていきます。
ある時、いつみは美礼に悩みを打ち明けます。
それは、いつみの父親が文学サークルのメンバーの一人・志夜とただならぬ関係なのではないかということでした。
彼女はいつみから信頼の証として「すずらんの髪留め」をもらったが、その後、いつみは学校の屋上から転落死してしまう。
手には、すずらんが握りしめられていた・・・。

2年B組 小南あかね「マカロナージュ」

小南あかね(小島梨里杏)は家が料亭をしていたが、しきたりによって女性には後を継がせることができない。そのため、和食ではなく洋菓子作りにはまっていた彼女は、ある時、校内新聞に自分の書いた読書感想文が載ったことで、いつみに話しかけられる。彼女に文学サークルのサロンに連れてこられた彼女は、そこに素晴らしいキッチンがあると知り、サークルの集まりの際には手作りのお菓子を振る舞っていました。そんなある日、あかねはいづみから悩みを相談されます。それは美礼が家庭教師で家に来るようになってからいろいろな物がなくなっているということで、ついには祖母の形見だった「すずらんの髪留め」もなくなってしまったという。いつみは意を決して美礼と話をすると言っていたのだが、そのまま学校の屋上から転落死してしまう。
手には、すずらんが握りしめられていた・・・。

留学生 ディアナ・デチェヴァ「女神の祈り」

ブルガリア人のディアナ・デチェヴァ(玉城ティナ)は、いつみがディアナの家にホームステイしたことがきっかけで出会い、すっかり彼女に夢中になってしまった。しかし、交換留学で日本に行くのは、双子の姉妹のエマに決まっていた。ところが、エマが不慮の事故により急きょディアナが日本に来ることになる。外国人ということで戸惑いもあった彼女だったが、いつみが優しく受け入れてくれ、さらには文学サークルにも招待される。その時にあかねとも挨拶をするが、彼女の腕にすずらんのような形のやけどを発見する。あかねの家の料亭は火事で全焼してしまったことを知ると、彼女への疑惑が強まっていくディアナ。さらにはいつみとの関係にも疑問を抱くようになったが、そんなさなか、いつみが学校の屋上から転落死してしまう。
手には、すずらんが握りしめられていた・・・。

2年C組 高岡志夜「紅い花」

高岡志夜(清野菜名)は在学中に書いた小説が賞を受賞し、すでに作家として話題になっていた。それがいつみの目に止まり、文学サークルでも作品を書くことになった。いつみは志夜の小説を翻訳して海外でも出版したいと願うが、志夜は気が進まないのか頑なに断っていた。そんな中、ディアナが留学生としてやってくる。彼女の見た目が志夜の読んでいた本に出てくるヴァンパイアにそっくりで彼女は驚く。ディアナは花壇にすずらんを植え、少しでもブルガリアのことを知ってもらおうと考えたが、いつみによると、来年以降は留学生を呼ばないことになったという。志夜がディアナに疑念を抱いている中、いつみが学校の屋上から転落死してしまう。
手には、すずらんが握りしめられていた・・・。

4者4様のエピソードを小説と言うかたちで語っていますが、どのエピソードでも、いつみは文学サークルのメンバーの誰かに殺されたことを示唆しています。
そしてそれが絶妙に食い違っているのです。
このあたりは芥川龍之介の「藪の中」のように、複数の視点から1つの事件―いつみの転落死を描いていて、それぞれが殺害の動機もあるというのがミソですね。
一体彼女たちのうち、誰が本当のことを言っているのか、誰が嘘をついているのか?
そんな時に、今までは進行に徹していた小百合(清水富美加)が朗読をする番が来るのです。
しかし、彼女は自作の小説ではなく、いつみが生前に書いた小説を読み始めるのでした・・・。

ここから真実が明らかになっていく過程が描かれていくのですが、コレ以上はぜひ映画の方を見て、確かめていただきたいと思います。

1ヶ所気になる点があったのは、上記のエピソードにあるように、いつみが手に握っていたすずらんがいわゆるダイイング・メッセージとして用いられており、それぞれにすずらんにまつわる何かがあるのですが、1人だけ、すずらんネタが2つあるんですよね。
そして真実が明らかになった時も1人1人の行動の辻褄が合わなくなってしまう部分が出てくるんですよ。

ネットで調べたところ、この文学サークルにはもう1人いたらしいのですが、映画化にあたりその1人の存在をまるまるカットしているようですね。そのせいで、文字通り辻褄が合わなくなってしまうところがでてきたみたいです。これはぜひ原作をチェックしたいところですね。

映画全体としての雰囲気は非常に素晴らしいです。
ミッション系の女子校が舞台というと、湊かなえ原作の「少女」もそうでしたが、男子禁制、お嬢様、しかも本作では文学サークルというごくごく限られた人たちの集まりということで、その雰囲気だけでも見る価値があります。

キャストも素晴らしいですが、圧倒的な存在感を放っているのは小百合役の清水富美加ですね。
彼女は本作の語り部であり、いつみ亡き後の文学サークルの部長でもあり、そして唯一の真実を知る者というキャラクターなので、他のメンバーと一線を画した存在です。
他のメンバーが動揺しても眉一つ動かさない冷静さを持っていて、それが映画の世界にマッチしています。
今後は一般の映画では見られないのがつくづく残念です。
ぜひその姿を目に焼き付けておきましょう。
プロフィール

すぷーとにく0107

Author:すぷーとにく0107
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中の人は、北海道は札幌市在住です。
映画館で年間200本は映画を観ます。
当ブログでは、映画のレビューをしつつ、勉強している心理学ネタでも書いていけたらいいなと思っています。

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