「帝一の國」から考える"カワイイ"の心理



「帝一の國」では、美美子役に扮する永野芽郁をしのぐ勢いで、孔明役の志尊きゅんがカワイイ!ということが、男女おっさん問わず、話題になっていたかと思います(個人差はあります)が、今回はその"カワイイ"についてです。

本来、カワイイ=cuteだったのですが、ニューズウィークでも特集されたことで、日本のアニメやファッションが独自のカワイイ文化を持っているということが世界的に認知されて始めています。
そして、cuteとは区別して、kawaiiという言葉で表現されることが当たり前にもなってきています。

可愛さの心理学的な研究として、Lorenz(1943)が定義したベビースキーマ(baby schema)が有名です。
これは、頭部が比較的大きい、全体的に丸みのある体型、つぶらな瞳など、赤ちゃんや幼児的特徴を持っているものに対して可愛いという印象を抱くというものです。
子どもや動物の赤ちゃんなんかが一般的に可愛いと思えるのは、このベビースキーマによるものも大きいかもしれません。

ただ、現在のカワイイは、必ずしもこうしたベビースキーマに則ったような対象とは限らなくなってきている状況です。

入戸野(2013)では、様々な"カワイイ"の対象についてベビースキーマの根本的な概念にもなっている養護欲求(助けてあげたい、保護したいという気持ち)との関連を調べたところ、明確な相関関係は見られず、ベビースキーマの影響が見られないという結果になりました。
養護欲求のかわりに関連が見られたのが、近づきたい、そばに置いておきたいという接近欲求でした。かわいいグッズを身に着けたいというのもこれに該当するのでしょうね。

入戸野(2009)では、かわいいという印象についての男女差についても言及されています。これによると、かわいいという印象や概念についての男女差はほとんどなく、男性よりも女性の方がかわいいの対象が幅広いという結果になっています。
つまり、男性でもカワイイと思うものをカワイイと言っていいんです!!!
おっさんが志尊きゅん!とか言ってもいいんです!

とはいえ周りからどう思われるかとか、そういったところまで示しているわけではないので、あしからず。

言いたいことが言えないこんな世の中ja・・・

[引用]
入戸野宏(2009). “かわいい”に対する行動科学的アプローチ. 広島大学大学院総合科学研究科紀要 I 人間科学研究, 4, 19-35.

入戸野宏(2013). かわいさと幼さ:ベビースキーマをめぐる一般的考察. VISION, 25, 100-104.

Lorenz, K.(1943). Die angeborenen Formen möglicher Erfahrung, Zeitschrift für Tierpsychologie, 5(2), 235-409.
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「夜は短し歩けよ乙女」から考えるデフォルメの効果



「夜は短し歩けよ乙女」では、冴えない大学生である先輩が、後輩の黒髪の乙女に恋をし、かといって正面切って告白することもできずに、「なるべく、かのじょの、めにとまる」ナカメ作戦を実行している中で巻き込まれていく奇想天外な騒動を描いていたのですが、一歩間違えば、いや一歩間違わなくともストーカーともとられがちな行為ですが、これが果たして効果的なのか?

・・・っていう話題で書こうと思ったのですが、このネタはすでに「ヒメアノ~ル」の考察のときにやってしまっていたので、興味がある方はぜひこちら(「ヒメアノ~ル」から考える単純接触効果)を御覧ください。

ということで今回は、内容ではなく表現技法の方に注目してみたいと思います。

湯浅監督の作品は本作だけでなく、「MIND GAME マインド・ゲーム」「ピンポン THE ANIMATION」、そして本作の直後の公開となった「夜明け告げるルーのうた」でも、その大胆すぎるデフォルメ表現が話題となっています。

デフォルメとは、本来は絵画や彫刻などの対象を力学的に変形することを言いますが、現在では、こうした芸術的表現や作品の対象、多くの場合はその登場人物の特徴を誇張、強調したり、あるいは簡略化、省略化したりすることを指しています。

それでは、このデフォルメ表現ではどのような心理的効果があるのでしょうか?

Ida, Fukuhara, & Ishii(2012)では、実際のテニスプレーヤーに、サーブの動きを再現したCGアニメーションによって見せました。このときに、CGアニメにポリゴンを用いてより実際の人間らしく見せたパターンと、色彩や形状情報をなくしたいわゆる棒人間的なキャラクターで見せたパターンとで比較したところ、後者のほうがスピードの知覚が遅くなっており、より動きを正確に認識していたということが示唆されました。

つまり、情報量が多いときよりも、必要な情報のみに絞ったほうが、よりその情報が伝わりやすいということを示しています。

なるほど、「ピンポン THE ANIMATION」でも顕著でしたが、本作でも、あの詭弁踊りのような想像だにしない動きを再現したり、奇妙奇天烈な人物たちを描くには、通常の描き方では難しく、デフォルメして描いたことでよりファンタジーとしての世界観が高まったのかもしれませんね。

こうした表現が可能なのも、実写ではなくアニメーションであることの魅力かもしれませんね。

[引用]
Ida, H., Fukuhara, K., & Ishii, M.(2012). Recognition of Tennis Serve Performed by a Digital Player: Comparison among Polygon, Shadow, and Stick-Figure Models. PLoS ONE, 7, URL: https://doi.org/10.1371/journal.pone.0033879.

「SING / シング」から考える歌うことの心理学的効果



「SING / シング」では、それぞれの思いや悩みを抱えながらもステージに立って歌いたいという夢を追い求める作品でした。

音楽のもたらす心理学的効果の研究はたくさんあるのですが、大半は、音楽を「聴くこと」の効果の研究になっています。
というのも、一般の人にとっては歌や音楽は聴く機会が圧倒的に多く、歌ったり、楽器を演奏したりするのは専門的にやっている人や趣味の人に限られているため、研究の数としては限られたものになってしまっているのです。

歌うことの効果の研究は、実は日本は世界的に見ても多く研究されている方で、その一つの要因はやはり「カラオケ」でしょうか。
日本では世代関係なく趣味や娯楽の一つとしてカラオケが定着しているので、それを研究対象とするというのも増えてきているようです。

カラオケで歌うと、ストレス発散になる、という人は多いと思うのですが、歌がうまくなかったり、恥ずかしがり屋だったりすると、その効果は得られないのではないかとも考えられます。

Sakano et al.(2014)では、44人の60歳以上の被験者を対象に、カラオケを歌う前と後でのストレスレベルに違いがあるかを調査しました。
その結果、気分がリフレッシュした、快適な気分、嬉しい気分、リラックスしたといった項目への回答が高まっていることが示されたとともに、ストレスホルモンとも呼ばれるコルチゾールが減少していることが示されました。
これは心理的にも生理的にも歌うことの効果があったということを示しています。

さらには、事前に歌うことが嫌いだと言っていた人においても同様の効果が見られたことからも、いかに効果が大きいかが分かります。

ということで、ストレスがたまっている人は、Let's sing a song!

[引用]
Sakano, K., Koufuchi, R., Tamaki, Y., Nakayama, R., Hasaka, A., Takahashi, A., Ebihara, S., Tozuka, K., & Saito, I.(2014). Possible benefits of singing to the mental and physical condition of the elderly. BioPsychoSocial Medicine, , 2014 8:11.

「暗黒女子」から考える自己愛性パーソナリティ障害



注!本記事には、「暗黒女子」のネタバレがうっすらと含まれております。



「暗黒女子」では、ミッション系の女子校を舞台に、学校の経営者の娘で、学業優秀、容姿端麗で全校生徒の憧れだった白石いつみが謎の死を遂げるところから物語は始まります。

そして、彼女への餞として、彼女が作った文学サークルで、メンバーが一人一人、「いつみの死」というテーマで自作の小説を発表することになります。

その朗読会で読まれた小説は、いつみがこのサークルのメンバーの誰かに殺された内容を示唆するものでした・・・。


ということで、本作は、「誰がいつみを殺したのか」が焦点になってくるわけですが、上記のように、いつみは学校の他の生徒全てから憧れの存在で、常に周りからの注目と羨望を浴びている状況でした。
しかし、それだけでは彼女にとって不十分で、自分が主役であり続けるために、周りのすべての人たちを脇役とみなしていたのです。

自己中心的だとか、うぬぼれだとか、そういう表現は一般的な性格特性を表す言葉として用いられますが、これが病的なレベルになると、自己愛性パーソナリティ障害(Narcissistic personality disorder; NPD)と呼びます。

これは、Kohut(1968)により初めて精神的な病理として提唱され、1980年の精神障害の診断と統計マニュアル(DSM-Ⅲ)に掲載されると、広く認知されるようになりました。

現在のDSM-Ⅳ-TR(アメリカ精神医学会, 2014)では、以下のように定義されています。

誇大性(空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになるとされています。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示されるものです。

1. 自分が重要であるという誇大な感覚
2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想への固執
3. 自分が特別で独特な存在であり、特別な対象だけがそれを理解しうるという盲信
4. 過剰な賛美への希求
5. 特権意識
6. 対人関係における相手の不当な利用
7. 共感の欠如
8. 他者への嫉妬、または他者が自分に嫉妬しているという思い込み
9. 尊大で傲慢な行動、または態度


うーん、いつみに当てはまっているような気もしますね。

もちろん、ナルシストなタイプの人間は少なからずいて、その誰もが病的なレベルというわけではありませんが、これが苦痛を伴ったり何らかの機能障害をもたらすような場合には要注意ということです。

あなたの周りにはいませんか・・・?


[引用]
アメリカ精神医学会(2014). DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル

Kohut, H.(1968). The Psychoanalytic Treatment of Narcissistic Personality Disorders: Outline of a Systematic Approach.

「哭声 コクソン」から考える健康統制所在



「哭声 コクソン」では、のどかな村で家族惨殺事件が連続して発生します。犯人はいずれも現場に留まっていて、放心状態となっており、また体に湿疹が現れているというのが共通していました。

そこでこの事件の捜査が始まるのですが、警察官のジョングは、いつしか村の山奥に住みだした日本人が怪しいと睨むのですが、他の可能性について一切考えることはありません。
事件解明の手がかりとなりそうな犯人の湿疹については別段調べることはありませんでした。
なぜ、その症状の原因を調べずに、この日本人の仕業だと思いこんでしまったのでしょうか?

人が健康でいられるかどうか、病気を克服できるかどうかについて、何を根拠としているかの信念のことを、健康統制所在(health locus of control)と言います。
Wallston, Wallston & Develis(1978)は、この健康統制所在を尺度化しています。また、堀毛(1991)によって日本語版も作成されています。
これによると、人が健康の拠り所と考えるのは、「自分自身」「他者」「運」「家族」そして「超自然的信念体系」5つの因子に分類されるということだそうです。

「自分自身」というのは、自分の普段の行いや心がけ、習慣などによって左右されるということです。
「他者」は、重要な他者の存在を指し、腕の良い医者がいれば大丈夫というような考え方です。
「運」は、そのまま運が良いか悪いかで健康でいられるかが決まるというものです。
「家族」は、家族のサポートや気遣いによって健康でいられるというものです。
そして最後の「超自然的信念体系」は、神仏への祈りや信仰によって健康でいられる、病気になるのはたたりが原因であるといったものが分類されています。

本作では湿疹が現れている原因が明確にはされませんが、ジョングをはじめ村の人々が超自然的信念体系に則った判断をしてしまったことが原因かもしれませんね。

どうしても大きな病気をしてしまうと、それを認めることが出来ずに、神や仏にすがりたいという気持ちが出てくるということがあるかもしれませんし、それを悪用して高額な壺を売りつけるなんて霊感商法もあったりします。

たとえ自分ではどうしようもないような自体においても冷静に判断したいものですね。


[引用]
堀毛裕子(1991). Health Locus of Control尺度の作成,健康心理学研究, 4, 1−7.

Wallston, K. A., Wallston, B. A., & Develis, R.(1978). Development of the multidimensional Health Locus of control(MHLC)scale, Health Education Monographs, 6, 160−170.
プロフィール

すぷーとにく0107

Author:すぷーとにく0107
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中の人は、北海道は札幌市在住です。
映画館で年間200本は映画を観ます。
当ブログでは、映画のレビューをしつつ、勉強している心理学ネタでも書いていけたらいいなと思っています。

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