「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」から考えるジェイコブの魅力



本作を見た人なら誰でもジェイコブの魅力に取り憑かれていることでしょう。
そりゃもちろんエディ・レッドメイン扮するニュートもいいんですよ。
イケメンの上にドジっ子属性も持っているなんて最強ですからね。
どうしてこれが最強となるのかについては、以前こちらの記事で書いていますので、興味がある方はぜひ御覧ください。

今回の主役はジェイコブです!

ジェイコブの本作における良いところとはなんでしょう?いくつかピックアップしてみましょう。

・ニュートのうっかりで巻き込まれたのに、怒らないどころか魔法動物集めに協力している。
・ココアを入れてもてなしてくれたクイニーに対してぞんざいな態度をとったニュートをたしなめる。
・ニュートに適当にヘルメットだけ渡されて危険な状況の説明もないのに怒らない。
・魔法動物たちの面倒をよく見る。
・最後に(自分だけ人間なので)魔法使いとのやりとりの記憶を消されなければならないときに、クイニーたちを困らせない。

ここにいくつかピックアップしてみましたが、これらが示しているのは、

ジェイコブは優しい!

ということですね。

・・・

それだけかよ!と突っ込まれそうなので、もう少し書くと、ジェイコブにとって関係ないことやどうでもいいことにも関わらず、不平不満を言うでもなく、それどころか積極的に手伝ってくれるんですね。
つまりは利他的な行動をとっているということなんですが、これがなんで魅力につながるのか?

Farrelly, Clemson & Guthrie(2016)では、202名の女性に、男性の写真とその男性がした行動を記述したものを見せました。男性の写真として、見た目の良いハンサムなものと、そうではないものの2種類あり、このときの行動の種類として、「川で溺れている子どもを助けた。」とか「ホームレスにサンドイッチと紅茶を買ってあげた。」といった利他的な行動をしたものと、そうではない利己的な行動をしたもののどちらかでした。
その後に魅力評価をさせたところ、重要視されたのは見た目の良さよりも行動が利他的かどうかの方でした。
でも、※ただしイケメンに限るなんでしょ?と思うでしょう?

確かに短期的な関係であればそうなのですが、長期的な関係、つまりは結婚したり人生の伴侶としてのパートナーを選んだりするという条件で最も評価されたのは、見た目がそれほど良くなく、かつ利他的な行動をしている人物のプロフィールでした。

このあたりには浮気しなさそうとか一途そうとかそういう含意が含まれているのはあるでしょうが、ともあれ、利他的な行動がまっとうに評価されることには変わりはないのです!

ジェイコブは、バーで会話をしているときには「自分みたいなやつはなかなかいないよ!」と言っていたのに、最後に記憶を消されて魔法使いたちと離れ離れになってしまうときに、悲しむクイニーに言うのです。
「いや、僕みたいなやつはどこにでもいるよ。」(だから悲しくなんかないんだよ)と。

ジェイコブ、惚れてまうやろ~!!!

こんなセリフが言えるのも、ジェイコブが自分の利益ではなく相手の、ここではクイニーのことを思っているからこそです。

そんなジェイコブの魅力を見逃してしまったあなた、4月にはDVDリリース予定なのでぜひそちらでご鑑賞ください。

サンキュー、ジェイコブ!フォーエバー、ジェイコブ!

[引用]
Farrelly, D., Clemson, P., & Guthrie, M.(2016). Are Women’s Mate Preferences for Altruism Also Influenced by Physical Attractiveness? Evolutionary Psychology, 14, 1-6.
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「この世界の片隅に」から考える共感によるコミュニケーション



「この世界の片隅に」は戦時中の呉を舞台にひとり嫁いできたすずとその家族を描いた作品となっています。
「君の名は。」のような派手さはなくとも昨年末の公開以来じんわりとロングランが続いているのが印象的です。

その要因はもちろん作品そのものの魅力もありますが、それを支えているのはやはり本作における戦争のとらえ方ではないでしょうか?

従来の戦争映画といえば、広島、長崎への原子爆弾投下に代表されるような市井の人々の戦争被害がメインであるものが多く、人々は空襲に怯え、物資の不足に苦しみ、大切な人を失ったことに悲しむ姿を映し出しています。
悲しみや恐怖の伝播によって戦争は良くないものだという意識を芽生えさせることはでき、それゆえ現在のほとんどの人が戦争に反対するというのも頷けます。

これは恐怖喚起コミュニケーションと言って、以前、コチラの記事(「メカニック:ワールドミッション」から考える正しい脅迫の仕方)でも紹介しております。

ただし、恐怖喚起の場合、特にその恐怖の度合いが強すぎると反発を生んでしまって逆効果となる場合もあります。
この恐怖喚起以上に影響力があるのが、共感によるコミュニケーションです。

米田・常深・猪原・楠見(2009)では、物語の主人公と読者の性格が一致しているかどうかによって、主人公の感情推測に違いがあるか比較したところ、性格が一致している場合の方が、より感情の理解が正確だったということが示されています。

主人公と自分の性格が一致していることで共感性が高まり、結果としてより理解が促進されたということになります。

「この世界の片隅に」の世界は、今とはかけ離れたものではなく、当時なりの日常を描いたことで、観ているものの共感を呼びやすい作品だったと思います。とりわけ、すずのようにおっちょこちょいだったりのんびり屋だったり、ちょっと天然だったりする人にはなおさら感情移入がしやすいのではないでしょうか?

そして、だからこそ日常を打ち砕いてしまうかのような存在として戦争の恐怖がより深く感じられるようになっているのだと思います。

本作はクラウドファンディングによる支援で公開にこぎつけたということもあり公開当初はマスコミが取り上げることもほとんどありませんでした。それがtwitterを始めとするSNSで話題となり、結果的にこのロングランにつながっているのが現状です。

このSNSや口コミによる伝播もまた共感性の賜物なのではないでしょうか?
SNSが当たり前に利用される時代になったからこそ、利害関係などとは関わりなく自分と同じ目線の人たちの意見を聞いたり、自分から発信したりできるようになったのですね。

[引用]
米田英嗣・常深浩平・猪原敬介・楠見孝(2009). 物語理解に及ぼす読者と主人公の性格類似性の効果. 日本心理学会第73回大会発表論文集.

「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」から考えるレジリエンスの力



「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」では、決して特別な力を持つわけではない主人公たちが、圧倒的な勢力の帝国軍に立ち向かっていきましたが、なぜあのような状況下においてもあきらめることなく作戦を遂行できたのでしょうか?

人の性格として様々な能力と関連付けて考えられるものがありますが、その中の1つに、レジリエンスというものがあります。
レジリエンスとは、外力による歪みを跳ね返す力という意味ですが、心理学用語では、「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」などと訳されています。
このレジリエンスは個人差があると言われており、逆境に強い人、困難にくじけない人がレジリエンスが高いと言われています。

またレジリエンスは個人的要因の他にもソーシャルサポートなどの環境的要因も含まれるため、包括的に測定するのは難しいのですが、個人内のそれも心理学的要因に対象を絞った質問紙として、精神的回復力尺度(Adolescent Resilience Scale; ARS)というものがあります(小塩・中谷・金子・長峰, 2002)。
以下の21項目に対して、5件法(1:全くあてはまらない~5:とても当てはまる)で回答してみてください。

1 . 色々なことにチャレンジするのが好きだ
2 . 自分の感情をコントロールできる方だ
3 . 自分の未来にはきっといいことがあると思う
4 . 新しいことや珍しいことが好きだ
5 . 動揺しても,自分を落ち着かせることができる
6 . 将来の見通しは明るいと思う
7 . ものごとに対する興味や関心が強い方だ
8 . いつも冷静でいられるようこころがけている
9 . 自分の将来に希望をもっている
10. 私は色々なことを知りたいと思う
11. ねばり強い人間だと思う
12. 自分には将来の目標がある
13. 困難があっても,それは人生にとって価値のあるものだと思う
14. 気分転換がうまくできない方だ *
15. 自分の目標のために努力している
16. 慣れないことをするのは好きではない*
17. つらい出来事があると耐えられない *
18. 新しいことをやり始めるのはめんどうだ*
19. その日の気分によって行動が左右されやすい*
20. あきっぽい方だと思う*
21. 怒りを感じるとおさえられなくなる*


集計の前に、項目の最後に*印がついているものは逆転項目なので、評価を逆転(1ならば5、2ならば4・・・5ならば1)させてください。

集計は、1, 4, 7, 10, 13, 16, 18の平均を「新奇性追求」、2, 5, 8, 11, 14, 17, 19, 20, 21を「感情調整」、残りの3, 6, 9, 12, 15の平均を「肯定的な未来志向」とします。そしてその全体平均(合計値でも可)が、精神的回復力となりひいてはレジリエンスの高さを示す指標となります。

どれぐらいだと高い、低いと言えるかの指標は統一されていないようですが、過去の研究では、3尺度とも、3.5前後が平均となっているものが多いので、4以上だと明らかに高いと言えるかもしれません。

ぜひご自分でやってみてください。

もし高い人がいたら、あなたはレジスタンスに向いているかもしれませんよ。フォースとともにあらんことを!

[引用]
小塩真司・中谷素之・金子一史・長峰伸治 (2002). ネガティブな出来事からの立ち直りを導く心理的特性-精神的回復力尺度の作成- カウンセリング研究, 35, 57-65.

「ソーセージ・パーティー」から考える人(おもに男性)はなぜ下ネタを好むのか?



まさかアカデミー賞関連の記事をソーセージではさんじゃうことになるとはね。
いや、ソーセージはさまれる側か。

・・・

コホン。
「ソーセージ・パーティー」では主人公のソーセージが立ち上がるところを描いていましたが、日本ではあまり公開規模が大きくありませんでしたが、全世界興収1億ドルを突破する特大ヒットを成し遂げています。

こんなにもお下劣な作品がなぜそこまで受けいれられたのか?
そんなわけで今日は人が下ネタを好む理由についてです。

Jewell & Brown(2013)は、200名の大学生を対象に、下ネタを言ったり聞いたりした経験があるかを調査したところ、男性では93.1%だったのに対し、女性では78.1%という割合でした。
また、誰かの体について話題にしたことがあるかについても、男性は75.0%、女性は53.9%とこちらでも男性の方がその割合が高くなっていました。
やはり男性の方が下ネタが好きなんですかね?
まあ、分からないでもないですけどね・・・(;・∀・)

バス(2002)は33ヵ国において男女それぞれが配偶者に求めるものは何か調査をしたところ、男性が女性に求めるものとして特徴的だったのが、ズバリ、貞操観念。
過去に恋愛や性的な経験がないほうが好まれるという結果でした。

自分の下ネタはOKでも女性側からされるのは嫌いということかもしれませんね。まあ、なんとも身勝手な結果という気がしないでもないですが、男なんてそんなもんです。


[引用]
デヴィッド・M. バス(2000). 女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化. 草思社

Jewell, J. A. & Brown, C. S.(2013). Sexting, Catcalls, and Butt Slaps: How Gender Stereotypes and Perceived Group Norms Predict Sexualized Behavior. Sex Roles, 69, 594-604.

「湯を沸かすほどの熱い愛」から考えるデス・エデュケーション

bucket list

「湯を沸かすほどの熱い愛」では、双葉が突然末期ガンで余命宣告されてしまうところからスタートします。

Kübler-Ross(1969)は、死に直面した人が、死を受容するまでの5つの段階をモデル化しています。

第1段階は、否認と孤立で、自分が死ぬということを認められず何かの間違いではないのかと疑問に思ったり否定したりします。またこの事実を誰にも打ち明けられずに孤立しがちであるともしています。

第2段階は、怒りで、自分が死ぬということを認識したものの、なぜ自分が?という気持ちが怒りとなって現れ、それを周囲に撒き散らしたり、皮肉を言ったりする傾向が見られるというものです。

第3段階は、取引きで、神仏や信仰によって少しでも長く生き延びられないかと考えるようになる段階です。

第4段階は、抑うつで、周囲の人や医者、神仏などに頼っても自分の死を逃れられないということを認識し、悲観や絶望に打ちひしがれる段階です。

そして第5段階は、受容で、人が死ぬというのは自然なことで、自分の人生の終わりを静かに見つめることができるようになる段階です。

もちろん個人差もありますし全ての人がすべからくこの段階をへるとは限りませんが、この考え方は終末期医療に関する教育において今も取り入れられているものです。

本作の双葉もいきなりの宣告で一人悲しみ、逡巡しているシーンがあります。上記で言うと第1段階ですね。
しかし、その後の双葉は家族のためになすべきことを考えるようになります。
これは第2~4段階をすっとばして、第5段階である自分の死を受容した上で、そこから何ができるかを考えているのです。
予告編でも流れている、母ちゃんは絶望のドン底に、落ちませんでした。というナレーションがまさにそれを物語っていますね。

余命宣告されている状況では、残された時間は限られたものなので、双葉のようにすぐにするべきことを、それも家族のためにするべきことを行動に移せるとしたらそれは素晴らしいのですが、残念ながらなかなかそうはいきません。

西山・石田(2011)は、デス・エデュケーションにおける映画の効果について研究をしています。
デス・エデュケーションとは文字通り死についての教育で、1.人の命は限りであるものであることを認識する、2.それゆえ自分の命も大切なものであるということを認識する、3.これらをふまえて自分はどのように行動すべきかを考える、という3つの目標を持っているそうです。
そしてこの目標達成において映画がどれぐらい効果的かを検証しています。

教材として用いているのが、2003年公開の「死ぬまでにしたい10のこと」と、モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソンが共演した2007年公開の「最高の人生の見つけ方」です。後者の方は原題が「The Bucket List」なのでまさにうってつけでしょうか。

結果として、「死ぬまでにしたい10のこと」は目標の1、2において効果的で、「最高の人生の見つけ方」は3において効果的であることが示されました。
調査対象者が学生ということもあって、「死ぬまでにしたい10のこと」の方が主人公が若者なので自分たちと年齢が近いということも効果的だったのでしょう。
「最高の人生の見つけ方」は、「死ぬまでにしたい10のこと」と比べてやりたいことがポジティブなものが多いというのが、目標3につながっているのかもしれません。

死というとどうもタブー視されていることもありなかなか直視したくないものでもあるのですが、こうした意識を持って行動することが大切なのですね。

[引用文献]
Kübler-Ross, Elisabeth(1969). On Death and Dying. Scribner.

西山美聡・石田弓(2011). デス・エデュケーションに役立つ映画の検討. 広島大学大学院心理臨床教育研究センター紀要, 10, 100-115.
プロフィール

Author:すぷーとにく0107
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中の人は、北海道は札幌市在住です。
映画館で年間200本は映画を観ます。
当ブログでは、映画のレビューをしつつ、勉強している心理学ネタでも書いていけたらいいなと思っています。

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