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「無限の住人」から考える復讐の心理



「無限の住人」では、逸刀流に家族を殺された少女・凛が、不死身の百人斬り、万次の力を借りて、逸刀流への復讐に身を投じていくさまを描いていました。

復讐劇というのはドラマ性があるためか、映画や舞台の題材にもなりやすく、シェークスピアの「ハムレット」から、赤穂浪士の討ち入りを描いた「忠臣蔵」まで、和洋問わず取り上げられている印象です。

とりわけ日本では、ケンカ両成敗といった考えが浸透していることもあるのか、こうした復讐劇は溜飲が下がるというものなのかもしれません。

日本でも物騒な事件が増えてきて、もし自分の家族や大切な人がその被害者となったら、犯人に復讐したいという気持ちが出てくるのも十分にうなずけます。

それでは、復讐は心理的にどのような影響を与えているのでしょうか?

Eadeh, Peak & Lambert(2017)では、アメリカ人の調査対象者に、通常の文章を読ませた時と、ビン・ラディン殺害の記事を読ませた時とで、その後の感情や気分に変化が見られるかを調査したところ、ポジティブな感情はどちらの文章を読んだ時でも差がなかったのに対し、ネガティブな感情については、ビン・ラディン殺害の記事を読ませた時の方が、かえって増幅されたという結果になりました。

アメリカ人にとっては、同時多発テロの首謀者ということで、自国や自国民に対して危害を加えた相手ですが、それでもその首謀者が殺されたという記事はポジティブな感情にはつながらず、逆にネガティブな気持ちになっているということです。

復讐は後味が良いものではない、というのが本筋と言ったところですが、本作のように、自分の両親を殺されたなど、直接的な関係者だとしたらどうでしょう?

Sjöström & Gollwitzer(2015)では、オンライン調査によって、復讐の相手が本人なのか、それとも同じ仲間なのか、そしてその仲間の関係性によって、その後の感情が異なるか調査したところ、復讐の相手が本人ではなくその仲間が対象で、かつその関係性がそれほど深くない相手になると、復讐をした後の後悔が強くなるということを示しています。

当事者への復讐でもない限り、決して良い気持ちにはならないということですね。

本作の原作でも復讐とは何なのか、と言った部分が描かれています(残念ながら映画では描かれていませんが)。テロへの報復、日韓の問題などなど現実でも終わらない復讐の連鎖が存在しています。復讐よりもよい解決方法を見つけ出したいものですね。

[引用]
Eadeh, F. R., Peak, S. A. & Lambert, A. J.(2017). The bittersweet taste of revenge: On the negative and positive consequences of retaliation. Journal of Experimental Social Psychology, 58, 27-39.

Sjöström, A. & Gollwitzer, M.(2015). Displaced revenge: Can revenge taste “sweet” if it aims at a different target? Journal of Experimental Social Psychology, 56, 191-202.
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「ムーンライト」から考えるLGBTの理解と現状

アミラーゼ

「ムーンライト」では、シャロンが自分のセクシャリティーの目覚めを中心に、過酷な環境でいかに成長していったかを描いていました。

本作のようにLGBTを題材にした映画や小説も増えてきていますし、以前と比べるとLGBTの理解は進んでいるように思いますが、実情はどのようになっているのでしょうか。

O’Handley, Blair & Hoskin(2017)では、異性愛者の男性を対象に、様々なスライドを見せて、それを見たときの心理状態を測るために、唾液中のαアミラーゼの分泌量を指標として比較しています。
このαアミラーゼは不快感を感じた時に多く分泌されると言われており、ストレスの指標の1つとしても多くの研究に用いられています。

この研究において、日常的なものが写っているスライドを見たときと比較して、αアミラーゼの分泌量が多くなったのが、男性同士がキスをしているスライドを見たときと、虫などのおぞましい、嫌悪感を抱かせるものが写っているスライドを見たときという結果になりました。
質問紙調査などで差別や偏見の意識を調査すると、どうしても模範的な回答が増えて、実体を調査することが難しいのですが、この研究のαアミラーゼ分泌量のような生理的指標を用いた場合は、反応を意図的に歪めることが難しいため、科学的な根拠として有力視されています。

LGBTの理解が進んでいるという時代の流れに逆行したような結果にも見えますが、著者らはいくつか注釈を加えています。

その1つは、αアミラーゼは不快感やストレスによって分泌量が増加しますが、その根源になるものが必ずしも嫌悪感だけとは限らないということです。例えば、知り合いのいない場所に行ったり、初めて海外に行ったりシたときなどのような場合などに感じられる不安感もストレスとなり、結果的にαアミラーゼが増大することもあります。

異性愛者からすると同性愛者などのLGBTの人たちやその考え方、嗜好が理解できないと、それによって不安感が高まるということも言えます。
逆にLGBTの人が身近にいるか、いなくともしっかりと理解することができていれば同じような反応にはなっていないかもしれませんね。

もう1つは、この研究の対象者がユタ州に住んでいる男性でした。
これはデータの取る都合などもあると思いますので、意図的に限定したものではないのかもしれませんが、ユタ州は比較的保守層の多い地域です。またキリスト教古来の宗教観から同性愛を好ましく思わない人も多い地域ですので、そのバイアスがかかっている可能性も否定できません。

そして、「ムーンライト」の舞台はフロリダ州ですがフロリダ州で昨年にLGBTの人たちが集まるクラブで銃乱射事件が発生しています。
詳しくはこちら
これがセクシャル・マイノリティーへの差別意識が原因だったのか、イスラム過激派の思想に感化されたものだったのか、明確に断言はされていないようですが、自分の息子の前でキスをしていたゲイのカップルに悪態をついていたなどの報告もあったようです。
「ムーンライト」においてシャロンがまわりからいじめられていたのもこれと同じような環境だったと言えるのではないでしょうか。

「ムーンライト」では、シャロンのセクシャリティーの理解者として、同級生のケヴィンがいたのですが、彼らもその関係や相手への思いを決して表立って言うことはできていませんでした。

Weinstein et al.(2012)では、自分が同性愛者であることを公言しているか否かによって、同性愛者への意識や理解が異なることを示しています。とりわけ、潜在的には同性愛的な感覚を持ちながらも、それを公言していない者は、同性愛者に対して不快感を抱いたり、半同性愛的な態度を見せたり、同性愛を認めないような政策を指示したりする傾向があるようです。

フロリダやユタのような保守層の多い地域では、よりカミングアウトできない環境だったといういことが考えられますね。
それでも誰かが第一歩を踏まない限り、周囲の理解を得られることもありません。
自分が自分らしく生きることが当たり前にできる世界になったとき、初めて他者を理解し、受け入れる社会が成立したということになるのではないでしょうか。

[引用]
O’Handley, B. M., Blair, K. L. & Hoskin, R. A.(2017). What do two men kissing and a bucket of maggots have in common? Heterosexual men’s indistinguishable salivary α-amylase responses to photos of two men kissing and disgusting images. Psychology & Sexuality, 8, 173-188.

Weinstein, N., Ryan W. S., Dehaan, C. R., Przybylski, A. K., Legate, N. & Ryan, R. M.(2012). Parental autonomy support and discrepancies between implicit and explicit sexual identities: dynamics of self-acceptance and defense. Journal of personality and social psychology, 102, 815-832.

「帝一の國」から考える"カワイイ"の心理



「帝一の國」では、美美子役に扮する永野芽郁をしのぐ勢いで、孔明役の志尊きゅんがカワイイ!ということが、男女おっさん問わず、話題になっていたかと思います(個人差はあります)が、今回はその"カワイイ"についてです。

本来、カワイイ=cuteだったのですが、ニューズウィークでも特集されたことで、日本のアニメやファッションが独自のカワイイ文化を持っているということが世界的に認知されて始めています。
そして、cuteとは区別して、kawaiiという言葉で表現されることが当たり前にもなってきています。

可愛さの心理学的な研究として、Lorenz(1943)が定義したベビースキーマ(baby schema)が有名です。
これは、頭部が比較的大きい、全体的に丸みのある体型、つぶらな瞳など、赤ちゃんや幼児的特徴を持っているものに対して可愛いという印象を抱くというものです。
子どもや動物の赤ちゃんなんかが一般的に可愛いと思えるのは、このベビースキーマによるものも大きいかもしれません。

ただ、現在のカワイイは、必ずしもこうしたベビースキーマに則ったような対象とは限らなくなってきている状況です。

入戸野(2013)では、様々な"カワイイ"の対象についてベビースキーマの根本的な概念にもなっている養護欲求(助けてあげたい、保護したいという気持ち)との関連を調べたところ、明確な相関関係は見られず、ベビースキーマの影響が見られないという結果になりました。
養護欲求のかわりに関連が見られたのが、近づきたい、そばに置いておきたいという接近欲求でした。かわいいグッズを身に着けたいというのもこれに該当するのでしょうね。

入戸野(2009)では、かわいいという印象についての男女差についても言及されています。これによると、かわいいという印象や概念についての男女差はほとんどなく、男性よりも女性の方がかわいいの対象が幅広いという結果になっています。
つまり、男性でもカワイイと思うものをカワイイと言っていいんです!!!
おっさんが志尊きゅん!とか言ってもいいんです!

とはいえ周りからどう思われるかとか、そういったところまで示しているわけではないので、あしからず。

言いたいことが言えないこんな世の中ja・・・

[引用]
入戸野宏(2009). “かわいい”に対する行動科学的アプローチ. 広島大学大学院総合科学研究科紀要 I 人間科学研究, 4, 19-35.

入戸野宏(2013). かわいさと幼さ:ベビースキーマをめぐる一般的考察. VISION, 25, 100-104.

Lorenz, K.(1943). Die angeborenen Formen möglicher Erfahrung, Zeitschrift für Tierpsychologie, 5(2), 235-409.

「夜は短し歩けよ乙女」から考えるデフォルメの効果



「夜は短し歩けよ乙女」では、冴えない大学生である先輩が、後輩の黒髪の乙女に恋をし、かといって正面切って告白することもできずに、「なるべく、かのじょの、めにとまる」ナカメ作戦を実行している中で巻き込まれていく奇想天外な騒動を描いていたのですが、一歩間違えば、いや一歩間違わなくともストーカーともとられがちな行為ですが、これが果たして効果的なのか?

・・・っていう話題で書こうと思ったのですが、このネタはすでに「ヒメアノ~ル」の考察のときにやってしまっていたので、興味がある方はぜひこちら(「ヒメアノ~ル」から考える単純接触効果)を御覧ください。

ということで今回は、内容ではなく表現技法の方に注目してみたいと思います。

湯浅監督の作品は本作だけでなく、「MIND GAME マインド・ゲーム」「ピンポン THE ANIMATION」、そして本作の直後の公開となった「夜明け告げるルーのうた」でも、その大胆すぎるデフォルメ表現が話題となっています。

デフォルメとは、本来は絵画や彫刻などの対象を力学的に変形することを言いますが、現在では、こうした芸術的表現や作品の対象、多くの場合はその登場人物の特徴を誇張、強調したり、あるいは簡略化、省略化したりすることを指しています。

それでは、このデフォルメ表現ではどのような心理的効果があるのでしょうか?

Ida, Fukuhara, & Ishii(2012)では、実際のテニスプレーヤーに、サーブの動きを再現したCGアニメーションによって見せました。このときに、CGアニメにポリゴンを用いてより実際の人間らしく見せたパターンと、色彩や形状情報をなくしたいわゆる棒人間的なキャラクターで見せたパターンとで比較したところ、後者のほうがスピードの知覚が遅くなっており、より動きを正確に認識していたということが示唆されました。

つまり、情報量が多いときよりも、必要な情報のみに絞ったほうが、よりその情報が伝わりやすいということを示しています。

なるほど、「ピンポン THE ANIMATION」でも顕著でしたが、本作でも、あの詭弁踊りのような想像だにしない動きを再現したり、奇妙奇天烈な人物たちを描くには、通常の描き方では難しく、デフォルメして描いたことでよりファンタジーとしての世界観が高まったのかもしれませんね。

こうした表現が可能なのも、実写ではなくアニメーションであることの魅力かもしれませんね。

[引用]
Ida, H., Fukuhara, K., & Ishii, M.(2012). Recognition of Tennis Serve Performed by a Digital Player: Comparison among Polygon, Shadow, and Stick-Figure Models. PLoS ONE, 7, URL: https://doi.org/10.1371/journal.pone.0033879.

「SING / シング」から考える歌うことの心理学的効果



「SING / シング」では、それぞれの思いや悩みを抱えながらもステージに立って歌いたいという夢を追い求める作品でした。

音楽のもたらす心理学的効果の研究はたくさんあるのですが、大半は、音楽を「聴くこと」の効果の研究になっています。
というのも、一般の人にとっては歌や音楽は聴く機会が圧倒的に多く、歌ったり、楽器を演奏したりするのは専門的にやっている人や趣味の人に限られているため、研究の数としては限られたものになってしまっているのです。

歌うことの効果の研究は、実は日本は世界的に見ても多く研究されている方で、その一つの要因はやはり「カラオケ」でしょうか。
日本では世代関係なく趣味や娯楽の一つとしてカラオケが定着しているので、それを研究対象とするというのも増えてきているようです。

カラオケで歌うと、ストレス発散になる、という人は多いと思うのですが、歌がうまくなかったり、恥ずかしがり屋だったりすると、その効果は得られないのではないかとも考えられます。

Sakano et al.(2014)では、44人の60歳以上の被験者を対象に、カラオケを歌う前と後でのストレスレベルに違いがあるかを調査しました。
その結果、気分がリフレッシュした、快適な気分、嬉しい気分、リラックスしたといった項目への回答が高まっていることが示されたとともに、ストレスホルモンとも呼ばれるコルチゾールが減少していることが示されました。
これは心理的にも生理的にも歌うことの効果があったということを示しています。

さらには、事前に歌うことが嫌いだと言っていた人においても同様の効果が見られたことからも、いかに効果が大きいかが分かります。

ということで、ストレスがたまっている人は、Let's sing a song!

[引用]
Sakano, K., Koufuchi, R., Tamaki, Y., Nakayama, R., Hasaka, A., Takahashi, A., Ebihara, S., Tozuka, K., & Saito, I.(2014). Possible benefits of singing to the mental and physical condition of the elderly. BioPsychoSocial Medicine, , 2014 8:11.
プロフィール

すぷーとにく0107

Author:すぷーとにく0107
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中の人は、北海道は札幌市在住です。
映画館で年間200本は映画を観ます。
当ブログでは、映画のレビューをしつつ、勉強している心理学ネタでも書いていけたらいいなと思っています。

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