「たかが世界の終わり」感想。


(公式HPより引用)

[story]
病気で自分の死期が近いことを知らせるために、12年ぶりに故郷に帰った人気作家のルイ(ギャスパー・ウリエル)。母のマルティーヌ(ナタリー・バイ)と妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)は戸惑いながらもオシャレをして帰りを待ちわびていた。浮足立つ2人とは対照的にそっけない態度の兄アントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)だったが、その妻で初対面だったカトリーヌ(マリオン・コティヤール)は優しく接してくれる。当たり障りのない会話をしながらも、なかなか病気のことを打ち明けられないルイだったが・・・。

「わたしはロランス」「Mommy/マミー」のグザヴィエ・ドラン監督が、38歳の若さでこの世を去ったフランスの劇作家ジャン=リュック・ラガルスの戯曲を豪華キャストで映画化した家族ドラマ。

天才。

良く使われる表現ですが、個人的にはヤベエ!とかスゲエ!とかと並んでなんとも陳腐な褒め言葉のようにも感じてしまって、使うといかにも自分のボキャブラリーの貧困さを示すようで嫌なのですが、ふとして、この言葉以外の形容が思いつかない存在がいます。

たとえば先日の記事「虐殺器官」の原作者、伊藤計劃なんかもそうですが、本作の監督グザヴィエ・ドランもまさしくそれに該当する人物です。
「マイ・マザー」を監督、主演し映画化したのが弱冠20歳のときで、その頃からカンヌ映画祭で絶賛されると、その後も家族、とりわけ母親との関係に悩む多感な青年の姿を描く作品を次々と映画化しています。
そんな彼の最新作が本作「たかが世界の終わり」となりますが、「トム・アット・ザ・ファーム」以来となる自分の脚本ではなく戯曲の映像化となりました。

グサヴィエ・ドラン監督の作品の特徴として、家族を中心に据えて、(セクシャルマイノリティなどの理由により)周囲に理解されない、打ち解けられない人物の葛藤がテーマになっているのですが、それ以上に、その独特な表現技法でも話題となっています。
前作の「Mommy/マミー」では、画面のアスペクト比を1:1という正方形のサイズにすることで、独特の閉塞感を打ち出すことに成功しています。
さて、本作はどのようになっているのでしょう?

ここからレビューになっていますが、非常に奥の深い作品ということもあってネタバレも含みつつの考察となります。
未見の方はぜひ映画鑑賞後にお読みください。また、一考察なので解釈が間違っていたり、実際と違っていたりという可能性も大いにありますので、ご理解ください。


本作では、主人公のルイが12年ぶりに故郷に戻るところからスタートします。その目的は、自分の死期が近いことを家族に伝えること。早朝の空港で時間を潰し、タクシーで実家に戻ることにしたルイに、待ち受ける家族は大慌てで準備をします。
母親のマルティーヌは料理の準備をしながらも自分のメイクも気にしていて、マニキュアが乾かない!と焦っています。
妹のシュザンヌも母に負けじとおめかしをしてルイの到着を待ちます。
一方、常に苦虫を噛み潰したような表情を見せるのは兄のアントワーヌ。そして彼の機嫌を気にしながらも初対面となる義理の弟を待ちわびるアントワーヌの妻カトリーヌ、というのが家族構成で本編の登場人物全員(!)です。

で、彼らが感動の再会を果たした・・・という展開ではなく、このあとは地味な会話のシーンが続いていきます。
この会話において登場人物の関係性が分かってくることになります。

当たり前ですが、本来家族が再会した時に、「オレがルイのアニキのアントワーヌだ。よろしくな!」なんてことは言いませんよね?
本作でもルイが初対面となるカトリーヌ以外は関係性はおろか名前すら名乗らないので、事前情報がない状況では何一つわからない設定になっています。
自分もアントワーヌは最初は父親役かとも思いましたし(;・∀・)
映画が進むに連れて、それぞれの関係性が明らかになっていきます。

妹、シュザンヌ

彼女は純粋にルイが帰ってきたことを喜ぶ存在です。
彼女が幼い頃にルイは家を出てしまっており、たまに絵葉書をくれる優しい兄、脚本家として成功を収めている憧れの兄といった見方なので、母と鏡台の前を奪い合いながらいそいそとおめかしする気持ちも頷けます。
それだけにルイの帰郷を快く思っていない兄アントワーヌとは激しい口論を繰り広げます。
その服装をアントワーヌに「売春婦か!」と言われるように派手な格好をしており、はすっぱな性格をしています。

兄、アントワーヌ

妹とは対照的にルイの帰郷を快く思っていません。
序盤では朴訥で無神経なキャラクターなのでそのように見えて、それゆえ浮かれ気分の妹や母親にも毒づくのですが、やがてそれがルイに起因するということが分かってきます。

母、マルティーヌ

彼女もまたルイの帰郷を喜び、手料理を用意しながら自分のオシャレも気にするといった浮かれた雰囲気を出しています。
ただ、12年も帰ってこなかった息子の突然の帰郷には何か理由があるのではないかと、心の底では思っているようです。
シュザンヌとアントワーヌの衝突もなんとか穏便に済ませようと場の空気を取り持つのに必死ですが、どうしても昔話(ルイが12年も帰ってきていないので仕方ないのですが)にばかり花を咲かせてしまいます。

兄嫁、カトリーヌ

唯一の肉親ではない存在で、ルイが故郷を離れている間にアントワーヌと結婚したので、ルイとは初対面となっています。アントワーヌとは対照的に内向的な落ち着いた性格のキャラクターとなっています。その性格ゆえか、今回の帰郷で唯一ルイが心を許して本音で話しているような印象でした。

ルイ

彼は劇作家として成功しますが、病気により死期が迫っています。そのことを伝えるために12年ぶりに帰郷します。
アントワーヌやカトリーヌの話、ルイの当時のエピソードから、ゲイであることが分かります。
非常に温厚な性格で、アントワーヌに怒鳴られたり、アントワーヌとシュザンヌが口論したりしているのを黙って微笑みながら見つめています。

マルティーヌが話題を探し、アントワーヌが突っかかり、シュザンヌが癇癪を起こし、カトリーヌがなんとか場の雰囲気を和らげようとするのを、ルイは微笑みをたたえて傍観しているといったある意味地獄の団らんが繰り広げられます。
ルイもルイで本音を出すことはなく、今回の目的である「自分の死期が近いことを伝える」こともままならないままに、他愛もない会話が繰り広げられていきます。
この会話の多さはもちろん戯曲が原作であることにも由来するのかもしれませんが、何かしゃべっていないと気まずい感じにある関係性とも受け取れます。
知らない人と同じ空間にいると気まずいから、何か話題を探す・・・そんな感じに似ています。

なんだかストーリーらしいストーリーがないと思われるかもしれませんが、展開に影響を与える要因について、以下に書いていきたいと思います。


父親の不在とルイの家出

これは本作に限らずグザヴィエ・ドラン監督作に共通しているのですが、父親が物語に登場してきません。本作でも詳細は明らかにはされませんが、死去したことになっています。唯一、ルイの回想で父親に遊んでもらっているようなシーンがあり、ルイもかつて住んでいた家に行ってみたいと言うように、ルイの父親へのイメージは良いものなのでしょう。
対して、アントワーヌからすれば父親を亡くしたことで男手一人という状態になって、家族を支えなければならないということもあったでしょうが、ルイがゲイであるということでいろいろ形見の狭い思いもしてきたのでしょう。その風当たりもあって自分が大変なのに、ルイは故郷を離れ、家族からも離れて、悠々自適に暮らしているというのが我慢ならなかったということは容易に想像がつきます。


音楽は雄弁に語る

なかなか本心をさらけ出さない家族ですが、それを代弁するかのように、音楽は直接的に心情を表現してきます。
オープニングは、フランス人歌手のCamileが歌う「Home is where it Hurts」という曲なのですが、タイトルからして、"家は傷つける場所"ってなってますからね。歌詞でも居心地の良い場所とは限らないんだよっていう内容になっています。
中盤、キッチンで会話をしている時にマルティーヌが昔話を懐かしそうに語るときに、みんなで踊ったのよ~、といって流れるのが、O-Zoneの「Dragostea Din Tei〜恋のマイアヒ〜」!
日本人なら、のまのまイェイ!っていうあの癖になるフレーズでおなじみの曲が思いっきり流れます!(若い方は知らないかもしれませんので、参照はコチラ!のまのまイェイ!
この場違い感もまた状況に絶妙にマッチしているのがすごいところ。
グザヴィエ・ドラン監督はもともと音楽の使い方も大胆なところがあって、前作「Mommy/マミー」でもoasisの「wonderwall」を重要なシーンで使っています。ちなみにこの曲が使われているシーンは映画全体を通して、いや、その年に見た映画すべてひっくるめても一二を争うぐらいに大好きなシーンです。ぜひ「Mommy/マミー」本編でお確かめください。
そして、エンディングに流れるのがMobyの「Natural Blues」。
こちらでは、「神よ、これはひどい事故だ。」と繰り返し歌われていて、彼ら家族の、そしてあのラストシーンを象徴しているかのようです。そして「神様以外は誰も知らない。」というのは、まさにルイの心情を表していると言えるでしょう。


ルイの死期が近いことを知っているのは・・・

ルイの目的は、自分の死期が近いことを知らせることでしたが、結果的には家族の前で言い出すことができず、アントワーヌの激昂に半ば追い出される形で家を後にします。
そのため、この事実を明確に知った人物は誰もいません。
特に、シュザンヌはそもそもルイが帰ってきた理由すら思いついていなかったでしょう。
マルティーヌも直接的な確認はしていませんが、12年帰ってこなかった息子が突然帰ってくるからには何らかの理由があるぐらいには気づいているのでしょう。
この事実に目ざとく気がついていたのはカトリーヌでした。
彼女はルイに「あとどのぐらい?」とぼかしつつも直接的な質問を投げかけています。
最後にアントワーヌですが、彼も知っていた可能性は高いです。
終盤でルイに、かつての恋人が死んだことを伝えるシーンがあるのですが、もしその恋人がエイズだったとしたらルイもエイズの可能性があるから・・・と考えて、ルイも病気なのではと考えていたのかもしれません。だからこそ、カトリーヌがルイと挨拶のキスをするのを躊躇したり、12年ぶりの家族の集合にアントワーヌとカトリーヌの子どもたちを連れてきていないのかもしれません。


名前の意味するもの

ルイ、マルティーヌ、シュザンヌ、アントワーヌ、カトリーヌと、本作の登場人物のうち、ルイだけ名前の系統が違います。
他はみんな"ヌ"(原語だと、"ne")で終わっています。
これもまた、ルイが故郷を飛び出して、家族とは離れて暮らしているということ、今はもはや家族の一員としては見られていないことを暗示しているかのようです。
カトリーヌは自分の子どもにルイの名前をもらったことを告げるシーンがあるのですが、その時に、「あなたの家では親の名前を子どもにつける習慣があるのね。」みたいなことを言っていました。
ここからは推測ですが、おそらく父親の名前がルイなのではないでしょうか?アントワーヌからすれば父親は自分ではなく弟の方に自分の名前をつけた=弟の方をより可愛がっていたと思い、ルイの脚本家としての成功以上に、父親の愛情を一手に受けていたところに嫉妬していたのかもしれません。ルイという名前も連想されるのはフランス国王のルイで、ルイ○世というように一族で名前が引き継がれていっているのもメタファーかもしれません。
それと同時に、ルイはゲイだから自分の直系の子どもを持つことができないから、アントワーヌとカトリーヌの子にその名前をつけたということも読み取れます。


たかが世界の終わり

元々の戯曲のタイトルは邦題では「まさに世界の終わり」となっていたのですが、映画の邦題は、「たかが世界の終わり」となっています。英語タイトル"only"(フランス語の原題だと"juste")の訳し方次第かもしれませんが、自分は映画版のタイトルの方がしっくりときました。
ルイは、自分の死期が近いことを知り、12年ぶりに家族の元に帰ってくるわけですが、温厚そうな性格とは裏腹にかなり自分本位で自己中心的なところがある存在です。
ここで家族の前で自分の死を告白することでやはり彼は家族の中心となります。まさに悲劇の主人公です。
家族と話すときにも自己陶酔的な部分があって、アントワーヌに空港のカフェでの出来事を話した時もそんな雰囲気でした(これはアントワーヌに、「オレがお前のカフェの話など聞きたいとおもうのか?」と一蹴されていますが)。
最後まで物語の主人公でいようとしたルイに対し、それを遮るのがやはりアントワーヌでした。夕食のときに告白をしようとするルイを「約束あるって言ってたよな。空港まで送っていってやる!」と強引にその告白の場面を打ち破ります。
それは自分に酔っているようなルイに、自分たちの家族の必死の生き様を演出の1つにさせないよという意思の現れのようでした。
その気持ちを汲んでくれないシュザンヌや、その気持ちを理解しつつもやはり息子であるルイを可愛いく思っているマルティーヌが声を荒げたことに対して、感極まったアントワーヌの嗚咽混じりの訴えがいたたまれません。

父親の死や兄の結婚といった家族の重要なイベントにも一切顔を出していないルイは、家族からすればもう死んでいたのも同然なんだ、という思いが現れているかのようで、たとえルイが死んでしまうことになっても、それはルイにおいては、たかが世界の終わりにすぎないのだということでしょう。
アントワーヌの嘆きとともに、ルイは自分のしてきたことの罪深さを実感するとともに、やや自罰的な意味合いもこめて、たかが世界の終わりと思ったのかもしれません。


とまあ、いろいろあとから考えさせられる、考えたくなるタイプの映画ではあります。
映画にそういう見方というか魅力というか、それを感じない人からすれば、単に家族が差し障りのない会話をしては口論になるというミニマルな世界をやたら登場人物のアップで見せられるということでうんざりしてしまうかもしれません。

本作のようないろいろあとで議論を呼ぶタイプの映画も、何も考えずに観るだけで楽しめる某トリプルXのような映画も、イケメンと可愛い子がイチャコラし続けるスウィーツな映画も、当ブログでは分け隔てなく取り上げていく所存でおりますので、今後ともよろしくお願いします!
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すぷーとにく0107

Author:すぷーとにく0107
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映画館で年間200本は映画を観ます。
当ブログでは、映画のレビューをしつつ、勉強している心理学ネタでも書いていけたらいいなと思っています。

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